大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)1084号 決定 1994年4月15日

A事件債権者

大阪相互タクシー株式会社

右代表者代表取締役

多田精一

B事件債権者

相互不動産株式会社

右代表者代表取締役

多田精一

B事件債権者

多田精一

B事件債権者

小野親子

右四名代理人弁護士

林信一

(他四名)

A、B事件債務者

新相互タクシー非乗務員労働組合

右代表者執行委員長

松田敏昭

右代理人弁護士

金子利夫

村田喬

A、B事件債務者

新相互タクシー労働組合

右代表者執行委員長

松崎英雄

右代理人弁護士

大澤龍司

小田幸児

主文

一  B事件債権者多田精一が債務者らに対し、平成六年四月一七日までにそれぞれ金二〇万円(合計四〇万円)の担保を立てることを条件として、債務者らは、所属組合員をもってするとその他の第三者をもってするとを問わず、平成六年四月一七日、兵庫県美方郡村岡町川会二四一所在の宗教法人真言宗川会長楽寺で執り行われる長楽寺大仏殿の落慶法要の現場及び別紙地図中の赤線に囲まれた地域内において、債権者多田精一に対して、つきまとい、接触し、取り囲み、行手を阻むなどして、面会、面談を要請する行為をしてはならない。

二  B事件債権者小野親子が債務者らに対し、平成六年四月一七日までにそれぞれ金二〇万円(合計四〇万円)の担保を立てることを条件として、債務者らは、所属組合員をもってするとその他の第三者をもってするとを問わず、前項と同日、同所において、債権者小野親子に対して、つきまとい、接触し、取り囲み、行手を阻むなどして、面会、面談を要請する行為をしてはならない。

三  B事件債権者多田精一及びB事件債権者小野親子のその余の申立並びにA事件債権者大阪相互タクシー株式会社及びB事件債権者相互不動産株式会社の申立をいずれも却下する。

四  申立費用は、次のとおりの負担とする。

1  債務者新相互タクシー非乗務員労働組合に生じた費用及び債務者新相互タクシー労働組合に生じた費用のそれぞれ四分の一はA事件債権者大阪相互タクシー株式会社の負担

2  債務者新相互タクシー非乗務員労働組合に生じた費用及び債務者新相互タクシー労働組合に生じた費用のそれぞれ四分の一はB事件債権者相互不動産株式会社の負担

3  債務者新相互タクシー非乗務員労働組合に生じた費用及び債務者新相互タクシー労働組合に生じた費用のそれぞれ一六分の三はB事件債権者多田精一の負担

4  債務者新相互タクシー非乗務員労働組合に生じた費用及び債務者新相互タクシー労働組合に生じた費用のそれぞれ一六分の三はB事件債権者小野親子の負担

5  B事件債権者多田精一に生じた費用及びB事件債権者小野親子に生じた費用のそれぞれ八分の一は債務者新相互タクシー非乗務員労働組合の負担

6  B事件債権者多田精一に生じた費用及びB事件債権者小野親子に生じた費用のそれぞれ八分の一は債務者新相互タクシー労働組合の負担

7  その余の費用は当事者各自の負担

事実及び理由

〔略称の使用・本決定では、便宜、以下のとおり略称する〕

1  A事件債権者・大阪相互タクシー株式会社を「債権者相互タクシー」

2  B事件債権者・相互不動産株式会社を「債権者相互不動産」

3  B事件債権者・多田精一を「債権者多田」

4  B事件債権者・小野親子を「債権者小野」

5  A、B事件債務者・新相互タクシー非乗務員労働組合を「債務者非乗務員組合」

6  右執行委員長・松田敏昭を「松田」

7  A、B事件債務者・新相互タクシー労働組合を「債務者新労組」

8  右執行委員長・松崎英雄を「松崎」

9  全相互タクシー労働組合を「全相労」

10  自交総連大阪相互タクシー労働組合を「自交総連」

11  高野山真言宗川会山長楽寺(住職・五十嵐秀文)を「長楽寺」

12  右長楽寺の大仏を「但馬大仏」

13  平成六年四月一七日に予定されている右長楽寺の但馬大仏殿の落慶法要を「本件落慶法要」

第一債権者らの申立

一(主位的)

1 債務者らは、所属組合員をもってするとその他の第三者をもってするとを問わず、平成六年四月一七日、兵庫県美方郡村岡町川会二四一所在の宗教法人真言宗川会長楽寺で執り行われる長楽寺大仏殿の落慶法要の現場及び別紙地図中の赤線に囲まれた地域内において、いずれも債権者相互不動産代表取締役である債権者多田及び債権者小野に対し、面会、面談を要請する行為をしてはならない。

2 債務者らは、所属組合員をもってするとその他の第三者をもってするとを問わず、平成六年四月一七日、右長楽寺で執り行われる長楽寺大仏殿の落慶法要の現場及び別紙地図中の赤線に囲まれた地域内に立ち入ってはならない。

3 債務者らは、所属組合員をもってするとその他の第三者をもってするとを問わず、平成六年四月一七日、右長楽寺で執り行われる長楽寺大仏殿の落慶法要の現場及び別紙地図中の赤線に囲まれた地域内において、債権者相互タクシーとの団体交渉権及びチェックオフをめぐる労働争議に関し、拡声装置を用いた演説、シュプレヒコール、その他宣伝行為をしてはならない。

二(予備的)

1 主位的申立1と同じ。

2 債務者らは、所属組合員をもってするとその他の第三者をもってするとを問わず、平成六年四月一七日、右長楽寺で執り行われる長楽寺大仏殿の落慶法要の現場及び別紙地図中の赤線に囲まれた地域内において、債権者相互タクシーとの団体交渉権及びチェックオフをめぐる労働争議に関する左記行為をしてはならない。

(1)  拡声装置を用いた演説その他宣伝行為

(2)  シュプレヒコールの反復連呼

(3)  ビラ又はこれに準ずる文書の貼布

(4)  債権者らのうちの一名又は数名を誹謗、中傷する内容又はその名誉、信用を毀損する内容のビラ又はこれに準ずる文書の配布

(5)  看板、旗、横断幕その他これに類するものの設置

(6)  デモ行進、座り込み等一切の集団示威行為

(7)  その他、右落慶法要を妨害する一切の行為

第二事案の概要

一  債権者らの主張の要旨

1 本件落慶法要は、平成六年四月一七日午前七時三〇分ころから午後五時まで間断なく行われる(一般来賓者の参列は午後一時以降)但馬大仏の開眼法要を主旨とする長楽寺主催の宗教行事である。出席予定者には、国会議員、兵庫県知事、近隣市町村長、議員等や経済人等のほか、社団法人全国乗用自動車連合会の会長等、タクシー会社の業界団体の要職に就いている人々も含まれている。

本件落慶法要の式典継続中、儀式としての神聖さ及び荘厳な雰囲気を持続させることが必要不可欠であり、加えて出席者には、本件法要に対する畏敬及び一種に精神的緊張感を式典継続中持続していただくことも極めて重要である。

2 長楽寺は、市街地から離れた山奥にあり、交通は専ら自動車に頼らざるを得ない。高僧、来賓等、本件落慶法要の出席者は、参道近くの別紙地図中の青線に囲まれた地域内の駐車場で自動車を降り、徒歩で別紙地図中の丸で囲まれたAないしEの場所(以下「本件受付場所」という)で受付を済ませ、徒歩で参道を通って、長楽寺の境内に入ることになる。

3 債務者らは、本件落慶法要の現場で債権者多田及び債権者小野に対する話し合いの申し入れを目的として行動を起こすことを表明している。

債務者らにはいずれも債権者相互タクシーに対する団体交渉権はなく、仮に団体交渉権を有する可能性が否定できないとしても、労働委員会で係争中であり、また、債権者相互タクシーは、右権利の不存在に関して提訴準備中であるので、現時点において、債務者が面会を請求する権利はない。また、チェックオフに関する問題は、労働者個人の法律問題であって、右に関し、債務者らが債権者らに対し、面会等を請求する権利はなく、しかも、右問題は、大阪地方裁判所において保全異議の審理中である。

また、但馬大仏は、債権者相互不動産の先代社長である多田清が長楽寺に寄付するとの計画を立案し、債権者相互不動産が右計画を実行してきた。債権者多田及び債権者小野は、債権者相互タクシーの代表者としてではなく、債権者相互不動産の代表者として本件落慶法要に出席するものである。

4 債務者らが、申立に記載の行為をすれば、厳粛、神聖な雰囲気で進められるべき本件落慶法要を台無しにしてしまうことは明白である。また、右本件受付場所付近において、予備的申立2記載のような行為があれば、当然に列席者の目にとまり、列席者の本件落慶法要に対する畏敬の情ないし精神の緊張は、一瞬にして消え失せてしまう。このようなことになれば、本件落慶法要の宗教儀式としての真価は失われてしまい、仮に式次第が滞りなく進んだとしても、本来の価値は全くないものとなる。

右の結果、主催者である長楽寺は多大な迷惑及び損害を被り、本件落慶法要の準備に長年にわたって尽力してきた関係者の努力も水泡に帰することになる。長楽寺の右損害は、事後の金銭賠償による法的救済は全く無意味である。更に、本件落慶法要を司る高野山の現管長及び高僧にも回復不可能な損害が発生する恐れが高い。しかも、長楽寺は、債務者らが本件落慶法要を妨害する行動に出ることを表明したことを知らないから、法的手段を講ずることができない。

債権者相互タクシーは、全国にも知られた有名会社であり、有名企業としての名声及び社会的、経済的信用を備えているものであるところ、本件落慶法要が妨害されれば、同債権者の名誉及び社会的、経済的信用が著しく毀損され、巨額の損害を被る。

また、右のように、長楽寺が多大の損害を被ることにより、対外的には債務者らの妨害行為と無関係とはいえない債権者相互不動産、債権者多田及び債権者小野の名誉及び社会的信用は完全に失墜し、これがために、債権者多田及び債権者小野は、莫大な精神的苦痛を被ることになる。

債務者らが申立に記載の本件落慶法要の場に出向いてまで、債権者相互タクシー、債権者多田及び債権者小野に面会を要請しようとすれば、債権者らは社会的信用、名誉を著しく毀損される。

また、債務者らが予備的申立2に記載の行為をすれば、当然に列席者の目にとまり、その途端に債権者らの名誉、信用は失墜することが明らかである。

二  争点

債務者らは、債権者らの被保全権利の存在及び本件仮処分の必要性について争い、これらが争点となった。

第三争点に対する判断

一  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。

1 債権者相互タクシーには、全相労及び自交総連の二つの労働組合が存在していたが、平成五年一一月七日、新大阪相互タクシー労働組合が結成され、松田が執行委員長になった。右は、同月二四日、債務者新労組と債務者非乗務員組合となった。

2 債権者相互タクシーは、債務者新労組及び債務者非乗務員組合の団体交渉権を認めていない。

また、債権者相互タクシーは、平成五年一一月八日に松田を、同年一二月一八日に四名を各懲戒解雇した。

債務者新労組は、平成五年一二月一日、債権者相互タクシーを相手とし、団体交渉に応じることとチェックオフを中止することを求めて、大阪地方労働委員会に不当労働行為救済の申立をし、係争中である。

更に、債務者非乗務員組合も、平成六年二月二二日、債権者相互タクシーを相手とし、団体交渉に応じること、右各懲戒解雇の撤回等を求めて、大阪地方労働委員会に不当労働行為救済の申立をし、係争中である。

他方、松崎が債権者・選定当事者となり、債権者相互タクシーを債務者として、右チェックオフ問題に関し、組合費徴収禁止仮処分命令の申立をし、大阪地方裁判所は、平成六年一月一一日、債権者相互タクシーに対し、チェックオフを禁止する旨の仮処分決定をした。債権者相互タクシーは、右決定に対して、保全異議の申立をして係争中である。他方、右仮処分決定に関して右松崎から間接強制の申立がされ、大阪地裁はこれを認めたが、債権者相互タクシーは右裁判所の決定に従っていない。

3 債務者らは、平成六年三月三〇日付けの大阪タクシー協会会員一同に対する要請文と題する書面の中で、債権者多田や債権者小野がチェックオフを止めず、団体交渉に応じなければ、同人らの自宅や、四月一七日に予定されている但馬大仏の落慶法要現場に話し合いの申し入れを目的として行動を起こす旨の表明をした。

4 債権者多田及び債権者小野は、いずれも、債権者相互タクシー及び債権者相互不動産の代表取締役である。

債権者相互不動産の先代社長である多田清(平成三年七月一九日死亡)が但馬大仏を長楽寺に寄付するとの計画を立案し、債権者相互不動産が右計画を実行してきた。本件落慶法要の案内状には、長楽寺のほか、債権者相互不動産も名を連ねている。

5 本件落慶法要は、平成六年四月一七日(日曜日)の午前七時三〇分ころから午後五時ころまで続けられ、一般の来賓者は、午後一時ころから参列する予定である。

本件落慶法要は、別紙図面中の「長楽寺」「大仏殿」と記載された場所でされるが、その周辺が長楽寺の境内である(その範囲は広くないが明確にはされていない)。本件受付場所(前記)で受付がされ、青線で囲まれた部分が駐車場となる。

二  別紙地図中の赤線に囲まれた地域内(債権者らの主張する本件落慶法要現場もこれに含まれることが明らかであるので、重複して主張する意味はない)での債務者らの行為のうち、債権者多田及び債権者小野に対して、面会、面談を求める行為を除く(この点は後に判断する)、「右区域内への立ち入り行為、拡声装置を用いた演説、シュプレヒコール、その他の宣伝行為」(主位的)、「ビラ又はこれに準ずる文書の貼付、債権者らのうちの一名又は数名を誹謗、中傷する内容又はそ名誉、信用を毀損する内容のビラ又はこれに準ずる文書の配布、看板、旗、横断幕その他これに類するものの設置、デモ行進、席り込み等一切の集団示威行為、その他、右落慶法要を妨害する一切の行為」(予備的申立に固有のもの)について検討する。

1 債権者らの主張は、要するに、債務者らが右区域内に立ち入って存在すること自体、看板、旗等を参拝者の目にとまらせること自体、また、内容には関係なく、音声を発したり、ビラ等の配布などという行為をすること自体により(債権者ら代理人によれば、ビラ配布関係も、内容にかかわりなく、それ自体が妨害行為となるとの主張であり、それを前提に、任意に内容に限定を加えたにすぎないものである)、長楽寺主催の本件落慶法要が妨害され、妨害されることにより債権者らの名誉及び社会的、経済的信用が著しく毀損されるというものである(表現行為の内容による侵害ではなく、行為自体の外形いわば物理的な側面を侵害ととらえており、債権者らの被保全権利は、後記4の点を除けば、長楽寺等の法益侵害を介して間接的に受ける債権者らの名誉、信用の侵害という構成であると解される)。

確かに、本件落慶法要は重要な宗教行事であり、債権者らの主張するような配慮も必要であろう。そして、債務者らの行為のいかんによっては、行事に支障が生じることもありうるかもしれない。しかし、それは長楽寺に関してのことであり、債権者らが主張する本件被保全権利は、あくまで、債権者らの名誉、信用である。仮処分制度は本来私権の保護を目的とするものであり、他人の利益が害されても、それが債権者らの損害につながらない以上、保護を受けられないことはいうまでもない。したがって、債務者らの右行為が長楽寺にいかなる損害を与えるのか、その損害が生じたことが債権者らの名誉、信用に対し著しい損害、急迫の危険をもたらすのか、それを避けるために、債務者らの表現行為につき、内容いかんにかかわらず、事前に一切を禁止してしまうことが必要であるのかなどにつき、主張及び疎明がされる必要がある。

2 そこで、検討するに、<1>そもそも、長楽寺への影響等に関しても、何より肝心の債権者らの被保全権利及び保全の必要性に関しても、債権者らの主張自体が抽象的に過ぎ、疎明についても憶測の域を出ず、的確な疎明があるとはいいがたいこと(債務者らは、債権者らのいう参道においてハンドマイクを使用して宣伝活動をすると予告しているが(証拠略)、その影響の程度について認めるに足りる疎明資料が提出されてはいない。債権者相互不動産の本件落慶法要への関与度合いによれば、本件落慶法要現場の建物の状況等は容易に疎明できるはずであるが、的確な疎明がない。また、ビラについては、内容の限定はあるが(限定の趣旨は前判示)、過去に貼付されたビラが資料として提出されているものの、このたびの債務者らによるビラ内容が債権者らの名誉、信用、人格を毀損するものであることを推認するに足りず、結局、債務者らが右内容のビラ等の文書を作成し、配布しようとしているなどという状況についての疎明はない)に加え、<2>債務者らの行動予定をみるに、右参道において、債権者相互タクシーが裁判所の決定を無視してチェックオフをしていることや団体交渉に応じてくれるようにとの内容の宣伝活動をするというものである(書証略)が、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、境内を除く地域は長楽寺の私有地ではなく、駐車場は町有で、道路は、国道、県道又は町道であり、債権者らが長楽寺の参道と称する道も町道であり、この参道=町道は、更に奥にある集落に繋がっており、長楽寺関係者以外の一般人も通行するもので、名実ともに公けの道であることが一応認められ、本件参道と称する道は債権者ら又は長楽寺の専用が認められるべきものではないこと(債権者らも、所有権や管理権に基づいて本件申立をするものではない)、<3>前判示のとおり、チェックオフに関しては、裁判所により禁止の仮処分決定がされ、債権者相互タクシーによる保全異議申立により、なお係争中であるとはいえ、間接強制の決定までされながら、債権者相互タクシーはこれに従わず、今後も当面従うつもりはないと明言していること(審尋の全趣旨)に照らせば、債権者相互タクシーにも争う権利があるとはいえ、裁判所の判断が出ているものであるから、これに従うように債務者らが意見を述べることは何ら不当ではなく(チェックオフ問題ではあるが労働組合の団結権に関連があることも否定できない)、団体交渉に関しては、未だ公的な判断が示されておらず係争中であり、法的手続によらず団体交渉実現を強要することは問題があるとしても、係争中の権利について自己の見解を表明すること自体が不当、違法となるものではないこと、<4>確かに債権者らも指摘するように、一般的には、本件落慶法要の場所は、債権者相互タクシーの営業範囲になく、わざわざ、債務者らが本件現場に赴いてまで債権者らが懸念する行為をする必要があるのかとの疑問もありえないではないが、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債務者らの団体交渉権の有無に争いがあり、債務者らは、結成以来、債権者相互タクシーの代表取締役に会うことすら拒まれ、見かけることすら稀な状況におかれており、公表された本件落慶法要の現場付近は、債務者らにとっても他に見出しがたい意見表明の場所であることも否定できないことなどのほか、本件審尋に表れた諸事情に鑑みれば、直接の被害者とされる長楽寺(宗教法人)が申し立てるならともかく(債権者らは、長楽寺が債務者らの動きを知らないので申立が不能であると主張するが、本件債権者相互不動産が本件落慶法要に深く関与しており、債務者らに対する警備の準備もしているはずであり、主催者の長楽寺が全く知らないというのは容易に信じがたい)、債権者らが、公道上における、しかもその内容において特別に問題があることの疎明もない債務者らの表現行為を、内容のいかんにかかわらず、事前に禁止してしまうこと及び表現のために立入ることまで禁止することができる理由、債権者らの被害の存否及び内容、それが受忍すべき限界を越え、事前禁止を必要とする理由などについての主張、疎明を要するところ、結局、本件では、債権者らが申立人となってする被保全権利及び保全の必要性の疎明がないというほかない。

3 もっとも、同じ別紙地図中の赤線に囲まれた地域内でも、債務者らの長楽寺の境内への立入り、長楽寺建物又は第三者の建物、建造物へのビラ貼付等、表現内容のいかんにかかわらず、長楽寺又は第三者の所有権ないし施設管理権を侵害する恐れのあるものもあり、右判示とは異なった配慮が可能かもしれない(もっともこの観点からの主張はない)。

しかし、長楽寺の境内の範囲等、対象が明確にされていないこと、債務者らも、本件落慶法要の行われている境内には入らない旨誓約しており、境内立入りの恐れは実際上はなく、その意味では、仮処分の必要性は低いとも考えられること、そもそも、右長楽寺等の管理権の侵害が債権者らの名誉、信用の毀損にどう結びついていくかという被保全権利についてはなお前判示同様の問題が残されていることなどに鑑みれば、あえて特定されていない境内等を対象に、本件仮処分を認める相当性、必要性は乏しいものと解する。

4 なお、債権者らの主張中には、「債務者らが予備的申立2に記載の行為をすれば、当然に列席者の目にとまり、その途端に債権者らの名誉、信用は失墜することが明らかである」というものがあり、直接債権者らの名誉及び信用が毀損されるとの趣旨とも解されなくはない。しかし、なぜに右行為で毀損されるのか(表現内容を問題としないとしている)、右主張自体、理解しがたいが、特段の説明も疎明もない。

三  別紙地図中の赤線に囲まれた地域内での債務者らの行為のうち、債権者多田及び債権者小野に対して、面会、面談を求める行為について検討する。

1 面会、面談の要請行動にも種々の形態がある。そのうち、面会等を求める趣旨の意見を表明することによる要請行為は、右二で検討した類型に含まれ、同旨の理由でこの意見表明自体の禁止を求める申立は理由がない。

そこで、ここで問題とするのは、債権者多田及び債権者小野に対して、つきまとい、接触し、取り囲み、行手を阻むなどして、面会、面談を要請する行為である。申立では、一切の要請行為の禁止を求めており、右態度の行為をも含むものと解され、本件疎明資料によれば債務者らが右行為に出る可能性も窺える。

2 右意味における面会要請でも、債権者らは、この行為により、長楽寺主催の本件落慶法要が妨害され、その結果、債権者らの名誉、信用が害されるとの主張もしているようであるが、その構成による主張につき、被保全権利、保全の必要性について疎明があるとは認められないことは、右二に判示したところと同旨である。

しかし、債権者多田及び債権者小野の関係では、自然人としての人格権の主張もされている(審尋での債権者ら代理人の回答及び裁判所の設定した期限後に提出されたものではあるが債権者らの主張書面に示されている)。

前判示のとおり、債務者らが債権者多田及び債権者小野に面会、面談したり、団体交渉をする権利があるか否かは、係争中であり、未確定の権利関係である。してみれば、債務者らが右争点に関する意見を表明することは表現の自由として許容されるものの、債権者多田及び債権者小野が債務者らとの面会拒否の意思を有していることが明らかであること、本件落慶法要に参加すべく参拝中の債権者多田及び債権者小野には宗教活動の一環として保護されるべき側面もあることなどを考慮すれば、法的手続等によるならともかく、別紙地図中の赤線に囲まれた地域内であえて面会を実現しようと右形態で迫ることは許されず、右限度でこれを禁止する必要性も認められる。

なお、債権者多田及び債権者小野個人がそれぞれ申し立てて、右行為の禁止が認められる以上、債権者相互タクシー及び債権者相互不動産が申立人となって重複して同じ行為の禁止を求める必要性はないと解される。

四  以上を要するに、別紙地図中の赤線に囲まれた地域内において、債務者らの宣伝行為がされることも予想されるが、そのうち、債権者多田及び債権者小野が、債務者らに対し、同債権者に対してつきまとい、接触し、取り囲み、行手を阻むなどして、面会、面談を要請する行為の禁止を求める限度で申立は理由があるものの、債権者多田及び債権者小野のその余の申立並びに債権者相互タクシー及び債権者相互不動産の本件申立は、主位的申立及び予備的申立ともいずれも被保全権利及び保全の必要につき疎明がないので、理由がなく、却下せざるをえない。

(裁判官 田中昌利)

別紙(略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例